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父の絵

 今日、福島市の県庁近くの阿武隈川岸に行ってきました。そこでどうしても確かめたいことがありました。その理由を書きたいと思います。

私の父は昭和31年に42歳という若さで胃がんのため他界しました。ですからもう55年前になります(私が6歳のとき)。闘病生活が長く、福島県庁の隣にあった福島県立医科大学(現在県庁の一部になっている)に入院していました。そのせいか父の印象はほとんど私には残っていません。わずかに記憶があるのは、農家の長男でありながら大きなバイクを乗りまわしていたこと、入院していた病室に無数の短歌を書いた短冊が貼られていてたこと、そして趣味で油絵を描いていたことも、残された絵や画材道具などで知りました。あの時代で思えばとても変わった父親だったでしょうね。11年前、私がどうにか家を新築したおりに、兄から父親の形見として何点かあった油絵の中からこの1枚を譲ってもらいました。その絵が現県庁の下に流れる阿武隈川岸を描いたと思われる絵でした。おそらく病棟から抜け出して描いたものだったのでしょう。その絵は今、我が家の階段の踊場の壁にひっそりと飾られています。毎日その絵と接しているうち次第にこの場所に行ってみたいと思うようになり、(はや11年が経ってしまいましたが…)やっと今日、その場に行こうと決心し、実行してきました。

県庁の駐車場に車を止め、いよいよ目的地に近付いたとき、父がそこにいるような何とも言えない不思議な胸の高鳴りをおぼえました。そしてついにそれらしき場所を見つけたとき、これまで父の存在を身近に感じることはなかったのですが生まれて初めて?父が存在したことを実感し、向き合えた瞬間でもありました……。

父の絵
父の描いた55年前の絵

阿武隈川岸
父が描いたと思われる現在の阿武隈川岸の風景

確かに55年経った現在でも、歩道や遠くに見える橋などに面影
があり、この場所で絵を描いたことは間違いないですね。

しかし父は何度か手術を繰り返し、死期が近づいて
ている時にどんな気持ちでこの絵を描いていたのか、
息子の私でも想像できません。

やはり父親という存在はいつまでたっても永遠の存在なんですねー
もう少し書きたかったのですが、やはり書けませんねー
とても恥ずかしくて・・・
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Author:渡辺隆
福島県郡山市に住むクラシカルギタリスト。ギター教授。ギター演奏グループ「ギタリスタス“あだたら”」主宰

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