織内 博さんのこと

いわき市に織内博さんという10弦ギターを演奏するギタリストがいました。残念ながら2008年9月23日に58歳という若さで亡くなられました。
最後にお会いできたのはその1年前の9月24日、三春交流館まほらで行われた、M.エステルと荘村清志さんの演奏会の時でしたが。それ以前に、体調が悪く入退院を繰り返していたことを伺っていましたので、元気な姿を見て安心していました。まさかその1年後に訃報を聞くとは信じられませんでした。

織内さんは、わたしと同年代で、地域は違いますが、、同じ福島県いわき市でギターを生業として活躍していた先輩でした。ずいぶん昔の話ですが、郡山市で福島市の佐藤隆さんと3人でギターや音楽の談議に花が咲き、結局3人とも帰宅できず、郡山市の駅前のホテルで、お酒を飲みながら朝まで熱い議論を交わしたとが今でも思い出されます。ともかく熱血漢で、また、こよなくお酒を愛する方でもありました。それが、命を縮めることになっても・・・。

織内さんはまた、別の活動も積極的に行っていました。それが脱原発運動です。ほぼ20年、「原発いらない・いわき市民の集い」の代表として原発反対運動の先頭にたって原発の危険性を訴え、原発に頼らない社会をめざして活動されていました。時々テレビのニュースでも登場することもあり、正直わたしには違和感を持ていたことを素直に申し上げなければなりません。そんなのに首を突っ込まなくても・・という思いでした。

しかし、今になって考えると、織内さんがギターを通して市民を幸せにすることと、反原発運動で市民を、そして未来の郷土を守ることが、自分の生き方として完全に一致していたのでしょうね。
今、この福島の現状を天国でどんな思いで見ているでしょうか?・・怒り狂っているんでしょうか? 悲しんでいるんでしょうか? わたしは今、音楽家の片隅に身を置く者として、やはり何かをしなければいけないと言われている気がしてなりません。

織内さん、今更ながらですが、もう少し生きていて欲しかったですね。そしてもっといろいろなお話をしたかったです・・・。
もうすぐ桜の季節になりますね。あなたのふる里にある御幸山公園の桜も、間もなくつぼみが膨らむ季節になります。満開の頃は、放射能のない青空に、いっぱいの花吹雪が舞っていることを願わずにはいられません。
今は、同じ郷土にあなたのようなギタリストがいたことを心から誇りに思っています。

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1999年11月3日
郡山市で行われた木村大くんの演奏会の打ち上げにて


ありし、日のメモリアル動画です、拝借させて頂きました。人柄のにじみ出る映像です
また、最後に演奏している「アルハンブラの思い出」は名演です!!

(注)文章の一部をいわき市議佐藤かずよしさんのブログから拝借させていただきました。
http://skazuyoshi.exblog.jp/8686309/
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テーマ : 原発事故
ジャンル : ニュース

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懐かしく思い出されます。

なんと言っても、アルハンブラの思い出 は、美しく、心地よいのでしょう。熱血漢の中に、穏やかさがにじみ出ています。
私も、再度チャレンジします。
プロフィール

渡辺隆

Author:渡辺隆
福島県郡山市に住むクラシカルギタリスト。ギター教授。ギター演奏グループ「ギタリスタス“あだたら”」主宰

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